横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

Aさんは今年60歳。

過去を振り返り、これからを生きていく上で、自分の役割は何かを探している。
そんなAさんが私に次のように告白した。

私の人生は本当に意味があったのだろうか?
私は死ぬまでに何をすればいいのだろうか?

戦後まもなく、貧しい家庭に生まれたAさん。
8人兄弟姉妹の末っ子。

子供のころのことを考えたが、平々凡々の生活。
中学生は、高校生時代はも全く平凡。
少し、親孝行はしたかも。
そして、大学では考えの違いから親父と喧嘩ばかり。
しかし、親父との喧嘩が悪かったとは一度も思っていなかった。
親父も同様だったと思う。
しかし、中に入っておふくろは大変な思いをしたかもしれない。
大学を卒業し、就職して結婚するまでは一生懸命に生きた。
勉強を猛烈にした。
そして、結婚。
ここからは責任を感じ始めた。
妻を幸せにすること。
子供を育てること。
また、子供を教育すること。
一方会社でも、管理者になってからは、自分の言葉の影響力が増えてきた。
50歳で退職したのち、会社を立てて、さらに活動する。
社会的責任がさらに増えたような気がする。

でも、それらは役割として認識できるが、神からの使命かと考えるとそうとは思えない。

Aさんは最近、神からの使命は何かを意識するようになってきた。
何をして本来の使命が果たせるのだろうか?
Aさんは、高校生の時にこう考えていたことを思い出す。
Aさんの隣人の何人の人を喜ばせるだろうか?
なぜ、そんなことを思ったのかは思い出せないが、確かにそう思っていた。
しかし、今は自分が多くの人々から勇気と喜びを受けている。
そのことを感謝している。

Aさんは静かに神からの啓示や使命を感じ取ろうとしている。
Aさんの目の前に何が突きつけられるのか?
あるいは、ふと神の声が聞こえてくるのだろうか?

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