横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

我が家では貧しさのため、大きな不公平を生んでしまった。
親父とお袋はそのために大変な苦しみを背負ってしまった。

啓一兄、秀夫兄、久夫兄及びかずえ姉は高等学校に行けたが、貧乏が故に成績の良かったにもかかわらずシズエ姉とキヌエ姉は中学校までしか行くことはできなかった。
なお、もう一人の文夫兄は個人の事情から今回はこの話題から外れてもらうことにする。

私は運良く大学に行くことができた。そのことについて、少し書いてみたいと思う。

私が厚狭高校で三年の秋の神学に関する三者面談まで、親父は私が大学に行くことについては全く口にしなかった。
私もそのことには、ついぞ触れなかった。
三者面談において、高校の担任は私に向かって、
「佐藤君は、どこの大学にしますか?」と聞かれたが、私は、
「考えている」と答えて詳細には何も言わなかった。
すると親父は、
「先生、私どもはとても私立大学には行かせません。ところで、息子の成績で国立大学に入れる可能性はあるのでしょうか?」
と先生に恐る恐る聞いたのだ。
先生は、当然のごとく、
「九州大学に入れるかどうかまでは言えませんが、広島大、岡山大、山口大なら大丈夫でしょう。熊本大なら可能性がもっと上がるのですが、・・・」と答えた。
その上で、先生は、私に、
「佐藤君、どうしますか?」と聞いて来たが、結局、その日は何も結論めいた話はできませんでした。
家に帰ると、親父は、一言、私に、
「にいちゃんやねえちゃんには悪いが、お前を大学に行かせると言おう。ただし、国立大学しかダメだぞ」と言いました。
私は、「分かった」と答えた。

それゆえ、私は随分悩みました。確実に合格出来る国立大はどこか?
そして、私は岡山大に決めたのです。
12月に私は、お袋に言いました。
「岡山大学を受験するが、念のため受験試しに早稲田大を受けさせてくれないか?」と。

すると、お袋は、
「あんた、もし、早稲田大が通ったら、行くじゃろうが!」、と言ったので、私はキッパリと早稲田大の受験を諦めました。

結局、3月に岡山大学を受験し、3月18日には合格通知が届きました。
我が家はそのことで大騒ぎ。
みんな兄姉が親父に祝賀会・壮行会をやるからと厚狭の家に呼ばれました。
みんなは口々に、
「めでたい、よくやった・・・」とワイワイガヤガヤとやっていると、おもむろに、親父は口を開いた。
「この度は栄次の大学合格のために集まってくれてありがとう。しかし、親として単純に喜べない。貧しいがゆえにみんなを同じように大学に行かせてやることができなかった。シズエとキヌエには高等学校にも行かせてやれなかった。そのことを、心の底から謝りたい。その上で、不公平とは思いつつ、栄次を大学に行かせてやりたいとも思う。それで、みんなに了解を求めたい。許してくれ。」

親父の最後の言葉は涙声になって、聞こえなかった。
みんなは、「そんなこと、そんあこと・・・、当たり前じゃあないの・・・」と言葉にならない言葉を口々に親父に言いました。
もう、家の中は大騒ぎでした。
私はとうとう下げた頭を上げることはできませんでした。

それから数日後、いよいよ、岡山に向かって出発する日、私は勝手口で親父とお袋に、
「行って来ます。今まで色々ありがとうございました。」と言って出ようとした時、親父は、私に、
「女にはくれぐれも気をつけろよ」

ええっ、それはどういう意味。
想像もしていなかった親父の言葉の意味を、私は汽車に乗ってからも考えました。
親父はもっとましなことを言いたかったのであろう。しかし、自分が国鉄にいた間、多くの学士が女性問題でトラブルを起こしていたことを聞いていたから、そのことを言ったのだろうと思った。
ついつい、口から出た真の親心だったのだろう。

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