横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

一度目の家出で、本人は大きく飛躍?したという。
もう東京は怖くないと。
しかし、お金が無いと、やはり、心配ということで、二度目の家出では家にあるお金を持ち出して、家出。
いくら持ち出したかまで本人は言わなかった。
それどころか、自分は何回家出したのかさえもはっきり覚えていないという。

二回目の家出以降、彼は東京に住み着いた。
それはそれで問題。
親父は、国鉄を休んで、文夫君を捜索に行く。
なかなか見つからないので、秀夫君とキヌエさんのコンビで探しに行ったと聞く。

その後、家出騒動は何回も続いたのだ。
ある時には、新宿にある喫茶店ケルンで勤めていると言う。
私は、東京に出てきて、ケルンの店を見つけた時には、時空を超えた感覚に陥ったのを覚えている。

また、銀座の数寄屋橋にある店でバンドの一員として、ボンゴを叩いていたと言う。
当時の仲間の一人が、ダン池田だと本人は言っていた。

ダン池田

その後、そこを飛び出し、東映の若山富三郎の門を叩いたらしい。
そこで、貰った芸名が、辰巳 浩である。
その後、本人は佐藤文夫ではなく辰巳 浩をずっと使っていた。

この辰巳 浩になって本人はロケとして、下関にやって来た。
何度も裏切られた父親も少しでも役に立ってやろうと、その映画監督以下数人の人を下関の我が家に呼んだという。
その映画のタイトルが、「大いなる旅路」で三國連太郎が主役。
国鉄機関士の親子、家族を描いた映画である。私が、小学生の頃、親父とお袋は息子が出ていると言うのでその映画を見に行った記憶がある。

先日、Amazon primeでその映画を見つけた。何と驚くことに高倉健も出ていた。私は、辰巳 浩の名前とエキストラで出ていることを信じて、その映画を見た。しかし、そのエキストラ役の辰巳 浩は遂に見つけることはできなかった。さぞや、期待していった私の親父とお袋は落胆したであろうと、悲しくなってしまった。

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