性急に判断されてはいけません

tenkai江戸前記の天台宗の天海は徳川家康、秀忠、家光の三代の将軍から帰依を受け、幕府の宗教顧問的存在であった。そこで、黒衣の宰相とも言われた。

天海は江戸城の艮(うしとら:北東:陰陽道で鬼門という)の方角にある上野忍岡(しのぶがおか)の地を幕府から拝領すると、そこに東叡山寛永寺を建立した。東叡山とは東の比叡山の意味である。江戸の鬼門を仏法により守るということである。

この天海という僧の前半生は全く記録にない。俗説には明智光秀だったのではないかと言われている。

本能寺の変を起こした明智光秀が家康の保護を受けて生き延びたのではないかという。

天海は1643年に死亡したという。108歳だった。

天海が家康と交わりを持ったのは天海70歳の時というから、ますます不思議な話である。

家光将軍の時、こんな話がある。

城中で柿をご馳走になった天海がその種を持ち帰ろうとする。

家光が不思議に思い尋ねてみると、天海は庭に植えるのだという。

桃栗三年、柿八年と言われているし、天海は100歳に近い老人。

気の長い話だなあと、家光は笑ったという。

すると、天海は、「将軍ともあろう方が、物事を性急に判断されてはいけません」、と家光を叱ったという。

それから、何年か経って天海はその柿の実を家光に献上したそうだ。

気を長く持つことが、きっと長寿の秘訣なんだろう。