汝の敵を愛せ

阿弥陀様は何をするの?

現実問題、我々は、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れるだろうか?

しかし、キリスト教では、これは神の命令である。

ところで、面白いことに、仏教では、「愛してはならない」と教えている。
矛盾しているように思えるが、実はキリストの愛と仏教の愛とは意味が違うのである。

仏教ででいう”愛”とは、「愛着」、「執着」の意味である。
親が子供を愛する時、子供を遠くへやりたくないと思う。
恋人を愛する時、自分の愛した人が他の男性(女性)と親しくするのを好まない。
我々の愛は、本質的に、自己本位的で、愛する対象を束縛するものだ。
だから、仏教では、「愛するな!」と教えているのである。

キリスト教でいう”愛”は、仏教では”慈悲”と言っていた。

16世紀に日本にキリスト教が伝来した時、”愛”が悪い意味の言葉であったから、キリシタンは”愛”という言葉を避けて、”ご大切”と訳したのだ。