運動会

夏が過ぎたらもう秋です。

めっきり朝晩が涼しくなりました。

今年も天候不順でした。
でも、幸いなるかな、問題の7月にはノストラダムスの大予言通りに、天から大王が降りてくることはありませんでした。
しかし、環境汚染やら、原発事故やら悲惨な事故が多発しました。
景気は悪く、雇用削減、賃金カット、ボ-ナス大幅減額、家計は赤字。
もう、たまったものではありません。
山ノ神の怒りはなかなか納まりません。

ところが、そんな世の中でも子供達の世界は今までと同じ。
毎月、決まった行事がやってきます。
これは深刻に毎日を過ごしている我々大人にとってはいい気分転換です。
郷のサッカ-の試合、静香の遠足合宿、その他参観日等々。
10月3日は小学校の運動会。
朝6時に起きる。運動会の場所取りのたのである。
静香の幼稚園時代から数えるともう7年。
出掛けるのは毎年早起きの郷(9歳)と一緒。
小学校までは歩いて3分。

この3分の間に色々なことを思い出す。
私が幼い頃は、誰が場所取りに行ったんだろうか。
親父さんが国鉄に勤めていた時はそんな余裕があったのだろうか。
親父さんが行けなかったときは誰か兄貴が行ったのだろうか。
私には残念ながら小、中、高校の運動会の場所取りに関する記憶が全くない。

ただ、親父さんの定年後、私の中学校の運動会の場所取りに親父さんがゴザを持って、
自転車に乗って家を出掛ける光景をウッスラと思い浮かべることができる。
場所取りに行くのに、なぜこれだけ強い郷愁を感じるのか解らないが、事実、感じるのである。
また、運動会そのものにもそれとは違った複雑な思いを感じるのはなぜだろうと考える。
我が子の一生懸命走る様を見て、何も感じないわけにはいかない。

思わず、

「ガンバレ-、マケルナ-」
と、叫んでしまう。

また、郷がマス・ゲ-ムで踊るのを見ると、良くもこんなに育ったものだと思う。
彼の一挙手一頭足を見て、思わずニンマリしてしまう。

今年は、静香(10歳)が応援団に入った。

皆の前で赤い手袋、長い鉢巻き姿で応援をしている光景を見ると目頭が熱くなってきた。

『あの静香が!!』

と不思議に思う。
彼女も少しずつ成長しているんだな、と驚嘆してしまう。
そんな我が子に寄せる思いと併せて、親父さんのことも思い出す。

私が中学3年生の運動会。
親父さんは何故かリレ-の選手で走った。
多分、年齢別で選ばれたのであろう。
親父さんは定年後2年たった時だったであろう。
年齢は57才。
走る姿は、アンダ-シャツにステテコ姿。
当時の田舎ではとんでもない姿ではなかった。
日頃、親父さん曰く、

「俺は走るのが大嫌い。」
それがリレ-の選手。しかも、57才。ステテコ姿。
当時の親父さんの思いは到底解らないが、よく言っていた言葉があった。
「自分からシャシャリ出ることはないが、人から頼まれたらやってやれ。」
そして、親父さんは走った。
日頃走っていないことと、年齢のせいで足がもつれた。
しかし、足がもつれつつもゴ-ルした親父さんの姿が思い出される。

また、昔の運動会ではいつも巻寿司、いなり寿司。
それに果物は二十世紀なしと柿。
実にうまかった。
みかんやぶどうがあったかどうかは記憶にない。
この食事の光景を思い出すのが私は一番好きである。
空は青空、空気はうまくて、爽やか。
家族そろって野外で食事。
こんな楽しいことは運動会のほかにはなかった。
しかも、この日の主役はこの私。
幸福の条件が運動会には全て満たされていた。

だからこそ運動会に強い郷愁を覚えるのかも知れない。

先日の運動会でも同様に、主役の二人。

郷、静香の顔は生き生きとしていた。