横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

選挙事務所

選挙事務所

日田市長を三期勤められた広瀬さんは、昭和二十八年に、代議士に立候補された。 私達の家が広く、大通りに面し、殊に広い土間が通りにあることで、 表の土間だけでも事務所にして欲しいと、市からの再三の頼みにより、土間と応接間だけを、 一ヶ月だけ貸す …

鶴亀定期

鶴亀定期

当時、大分銀行では、くじ付きの鶴亀定期預金というものを作り、預金獲得に努めていた。 昭和三十年に、私の家がこの預金の特賞に当たった。 同じ頃、福岡銀行でも、同じケースで預金を集めていた。 大分銀行の賞をもらって、日を置かず、今度は福岡銀行の …

日田の川開き

日田の川開き

日田の 5 月の川開きは賑わった。 町内毎にどんたく隊を編成し、三日間、市内を踊り歩いた。三隅川の屋形船も、予約の客で賑わい、船の上では芸者をまじえ、酒宴が開かれ、鵜飼舟の篝火が、夜の川に輝いた。 間断なく上がる花火も、闇を彩り、町を挙げて …

叔父 野村幾平

叔父 野村幾平

夫の叔父の野村幾平は、朝鮮平上で手広く旅行用具店を経営しておられたが、朝鮮動乱の時、体一つで内地に引き揚げて来られた。 この叔父は、弁護士の資格もあり、商才もある人だった。笑う顔はとても柔和で、優しかった。 引揚車で、博多駅に下り、千代町ま …

ゼノ神父

ゼノ神父

或る日、ポーランド人のゼノ神父が日田市駅前にある日田木材組合に立ち寄られた。 その頃、ゼノ神父は、久留米市小頭町に教会を開いておられた。この教会は狭くて、古いということだった。修理の必要もあるのけど、資金もないので、援助を求めて、木材組合に …

小林の山

小林の山

昭和二十九年に、宮崎県小林市に、一つの杉山を買った。 この山の山主は、古久保安次郎という人で、沢山の山林を持つ資産家だった。若い時は自分で郵便局を経営しておられたそうである。小柄な六十歳代の人と聞いたが、私の目にはおじいさんのように思われた …

大洪水

大洪水

昭和二十八年六月に大洪水が起きた。 三日前から降り続いた雨に、三隈川は水域を越して、水は両岸にあふれ出した。一時間も経たぬ間に周りの人家は床上まで浸水した。 深夜のこととて、人々は寝間着のまま、起き出し、右往左往の大混乱となり、泣き叫ぶ者、 …

一勝地の山

一勝地の山

早津山を売却して、暫く仕事を離れ、のんびりしようと話していたが、仲介人は始終出入りして、山を勧めに来た。 「野村さん、あんたはこれから遊びなさい。毎日奥さんから小遣銭をもろうて、パチンコもして遊びなさい。あんたが遊びさえすれば、財産は増える …

平塚さんの結婚

平塚さんの結婚

早津山で番頭をしていた平塚さんは、早津山を売却し始めた年、私達の仲人で、結婚した。お嫁さんは上広川の人で、当時、上広川小学校の重野先生だった。一年間は次女道子のクラスの受け持ちの先生だった。 夫は、この重野先生に目を付け、何度も先生の自宅に …

久泉の製材所

久泉の製材所

夫の兄さんの初さんも、製材所を始めたいという希望があったので、中広川久泉に、土地三百六十坪を、四十五万円で買い取った。昭和三十年ころと思う。 早津山で解体した製材機を、ここに据えた。小さな杉山を買って、運営は兄さんがされた。この工場は、兄さ …