書き下ろし小説 山の声

2014年01月14日 書き下ろし小説 山の声

山の声 捨てる神拾う神

無一文になった私たちは、これから先ずどんな方法で行こうかと話し合っていた。その時、私たちの仲人だった野中のおじさんが、 「おれの杉を伐採せんか。代金は製品を売り上げた分だけ分納すればよかけん。」 と言ってくれた。 私たち…

2014年01月14日 書き下ろし小説 山の声

山の声 夫の復員

昭和十五年の春、夫は復員してきた。 私がホッとしたことは、言うまでもなく、まずは双方の無事を喜び合った。 一週間ほど経ち、疲れも取れた夫は、まず熊本の山を見に行くことになった。夫は熊本でも宮崎でも、山の地理は詳しいので、…

2014年01月14日 書き下ろし小説 山の声

山の声 肥後の山

昭和十四年には、熊本県に大きな杉山を買った。価格は三万五千円だった。 今から差し詰め、二、三千万円の山だろう。 福岡の金川材木店から、三万円を借用した。借用した金の返済には、素材と製品を、送り込むことで契約した。 夫もい…

2014年01月14日 書き下ろし小説 山の声

山の声 長女出産

私には自分の時間などはなく、モンペははき通し、髪は梳(くしけず)るだけ。 顔にクリームなども塗らぬ日が多かった。鏡に向かっている時間もなかった。朝から働き通しだったからである。一体どんな格好をしていたのか、誰が見ても女ら…