幸せな別れ

2014年01月13日

2009 年は一番下の娘の大学受験に始まった。

幸い合格して長野県の松本に下宿することになった。

4 月の入学式前に下宿に荷物を運んでやり、必要な品物を買い揃えて、夕方、さあ帰ろうとすると、ベッドにもぐって顔を上げようとしない。

寂しいのであろう。

今まで、親と一緒にいて何も考えなかったが、いざ一人取り残されて、明日から一人で生きていかなければならないとなると、やはり、不安であろう。

そこで、近くのスーパーで買ってきて、親子三人で食事をすることにした。

しかし、別れの時はやってくる。

娘は、また、布団にもぐり込む。

扉を閉めるとき、

「さあ、帰るからな。また来てやるから、頑張れよ」と言っても布団の中から、声は聞こえてこなかった。

声は涙になって、出てこなかったのであろう。

それからは、何度か訪ねていった。

松本はいいところだったので、土日のドライブには最高だった。我々の気分直しには非常に良かった。

それから 8 ヶ月経って、 12 月 24 日に戻ってきた。

大学一年生の凱旋帰国である。

そして、翌日からは母校の先生に会いに行ったり、友達と会ったりで忙しい毎日のようだった。

年はあっという間に明け、松本に帰る日がやって来た。

1 月 3 日である。

特急あずさに乗るには新宿がいいということと、谷中の墓参りに行って帰ればということになり、われわれ夫婦と姉の 3 人で見送りに行った。

しかし、時間の関係で墓参りは時間的に無理となり、その代わり、新宿の“タカノ・フルーツパーラー”でパフェを食べることにした。

時間はあっという間に去り、新宿のプラットホームに上がった。

あずさは既に来ており、娘は指定席の列車に乗った。

列車の中の娘は鞄の中を探していて顔をこちらに向けない。

いよいよ、出発の音楽が鳴り列車が動き始めた時、笑顔でこちらに手を振ってきた。

ああ、この子は遂に大人になったなとその時感じた。

私はこの別れを“幸せな別れ”と呼ぶことにした。

子供が成長し、独立していく別れは寂しさ半分、うれしさ半分である。