横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

事業部長が私に話をしてくれて、二ヶ月後辺りで、どうも、ポーランドのビジネスは受注出来なかったようだと私の耳に入って来た。
そして、まもなく、私は工場に戻らず、輸出部に残り海外営業をやることになった。担当も南アだけでなく、欧州向けのサービスパーツの出荷も担当となった。
すると、英文で連絡を取らなければならなくなり、輸出に関するコレポン(通信)の勉強を本格的に始めた。海外からのお客のアテンドも増えて、英会話の勉強もしなければならなくなった。
英語力のアップと輸出業務と医療機器の製品知識と、結構大変な日々が続いた。
そして、一年後には、中南米グループ、主としてブラジルを担当することになった。
当時は、通信するのにテレタイプを使っていた。
先ず、通信文章を書いて、それをテレタイプで入力し、紙テープを作る。紙テープにはパンチで穴あけする。入力ミスをした場合は、その部分だけ打ち直し、間違った部分と交換する。
だから、紙テープのパンチ穴を見て、何が書いてあるか理解できなければ、速く、テープの修正ができないのだ。
コンピュータエンジニアの私には、この修正は難なく出来た。
中南米は、地球の裏側ゆえ、夜の内に、通信しておけば、翌朝には返事が返って来ていたので仕事上、好都合だった。当時は、海外に医療機器の現地法人は北米とオランダとブラジルだけだった。
即ち、中南米の海外拠点はブラジルだった。
ブラジルには駐在員の日本人がいたので、通信は日本語だった。
輸出部に三年もいると少しは一人前なるかと思いきや、色々な課題が出て来て、なかなか思うようにはいかない。
ブラジルは国産化を目指していたため、部品の輸入規制は厳しかった。
私がブラジル担当になって、最大の問題はこれだった。
ブラジルからは注文書が入り、工場に手配しても、ブラジルで輸入許可が下りなければ、出荷できない。
工場からは、この在庫を何とかしろと文句を言ってくるし、ブラジルからは、何とか東京本社が何とかしてくれ、と泣き言を言って来る。即ち、完成品のレントゲン装置の中に部品を突っ込んで出荷してくれ、というのだ。
これは正しく、密輸出であり、ブラジル側では密輸入である。
そんなことなどやれる人間などいない。
そこで、私は一計をあんじた。
レントゲン装置の出荷の際、在庫の部品を一緒に同梱させ、日本の通関時には、全てを申告すべく、パッキングリストには全て記載して、通関させる。これは違法でも何でもない。一方、ブラジル通関時には、レントゲン装置一式として、申告できるようなパッキングリストを作り、別便で送る。ブラジルサイドでどんな通関手続きするかはブラジル側の問題。
そんなシナリオを私は作り、課長に提案。
しかし、その責任の全ては課長責任とするという一冊を取り付け、サインを要求した。
すると、その課長ら、
「佐藤君、これは違法ではないか?」
私は答えて、
「日本では、違法はしない。ただし、ブラジルサイドでは、違法の恐れあり、です。」
「佐藤君、本当に大丈夫だろうね?」
「課長が腹を決めなければ、この話は進みません。」
と言って、サインをさせた。
この話が工場の現場では、大変な話題となった。
いよいよ、在庫にあった大量の部品が出るからだ。しかも、梱包がいつもと違うから、疑問に持つ連中もいた。
私が工場の現場に行くと、
「佐藤さん、これって違法ではないですか?」
と聞いてくるから、
「あまり、軽々しく違法、違法と言わない方がいいですよ。みなさんには一切迷惑はかけませんから。」
と言うと、みんな黙る。これがサラリーマン。
こうして、無事に貨物はブラジルに着き、無事、通関も完了。多分、税関には相当の金を握らせたであろう。
ブラジル現地法人の社長から、大いに感謝された。
私も何やら一仕事したような気持ちでいた。
ところが、それから一ヶ月経ったから、新聞を見て仰天した。
日立の車両から無申告の大量の部品が発見されたと言うではないか!
日立は電気機関車他鉄道車両をブラジルに輸出していたらしい。その車両の中に輸入規制対象の部品を入れて輸出したのだ。
この記事を読んで、私は肝を潰した。

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