横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

私の人生を変えた人 29  インドからの手紙

私の人生を変えた人 29 インドからの手紙

ゴアという町がインドにあることをご存知だろうか? ゴアと言えば、テレビ番組のマグマ大使に出て来る地球侵略を狙う「宇宙の帝王」ゴアを思い出す。 ゴアはボンベイ、今のムンバイの北にある観光地、と言ってもヨーロッパ、特に英国の人が冬の寒さから逃れ …

私の人生を変えた人 28  ペルシャ帝国の世界

私の人生を変えた人 28 ペルシャ帝国の世界

ペルシャと言えば、アラビアンナイト❓ 日本では、千夜一夜物語と呼ばれてる。 ペルシャとイランが同じ国?と驚いている人もいるだろ。 イランという国は一口では語れない。 イランの歴史は紀元前3000年頃に始まる。 その後、アーリア人が到来し、王 …

私の人生を変えた人 27  インドネシアの出来事

私の人生を変えた人 27 インドネシアの出来事

私がブラジルで超音波セミナーを実施してから、各国の代理店から、自分のところでも超音波セミナーをやりたいという要求が続出してきた。 私が経験したインドネシアのセミナーでの出来事を紹介しよう。 インドネシアに行ってもらったのは当時千葉大におられ …

私の人生を変えた人 26  普通のおっさんだった

私の人生を変えた人 26 普通のおっさんだった

市販グループの課長になると、商社と付き合うことが多くなった。 理由はODA(政府開発援助)のビジネスがあるからだ。 商社は、この予算を使って、各国に援助プロジェクトをJICAに提案するのだ。 例えば、道路や水道や橋をつくるプロジェクト。また …

私の人生を変えた人 25  ペナン宣言

私の人生を変えた人 25 ペナン宣言

私が市販グループに入る前には、野原という担当者がいた。 口で言うほどいい加減な人間ではなかったが、大きな声で、よくこんなことを言っていた。 「また、今晩も天ぷら?これで3日連続ですよ。」 「今週もお客だよ。東京見物や買い物は、本当に辛い」 …

親父との思い出、若戸万博

幼い頃、親父と一緒にどこか旅行に行った記憶がない。ただ、唯一、思い出すのは若戸万博である。 これは多分私が小学三年の時のことだろう。 今の北九州市の戸畑区と若松区に若戸大橋ができた記念だったのではないかと思う。 うっすら覚えているのは、月旅 …

私の人生を変えた人 24  ブット大統領が現れた。

私の人生を変えた人 24 ブット大統領が現れた。

パキスタンのカラチにアガカーン大学病院がある。 私が初めてCTを売りに行った病院。 私がまだ主任の時、CTを後進国に売ることを考えた。 そして、最初に入った国がパキスタン。 私はCTの専門家の赤胴と一緒に入った。多分1983年だったと記憶し …

私の人生を変えた人 23  サービスは誰がやるのか?

私の人生を変えた人 23 サービスは誰がやるのか?

後進国向けの売り上げが伸びない。なぜだ❓ と、いつも市販グループは迫られる。 分かりきってる話。 高額診断装置は売ってはいけないからだ。 仮に受注できそうな案件があっても、その装置のサービスは代理店でできるのか❓ こんな議論がずーっと続いて …

私の人生を変えた人 その22  ピラミッドが私を呼んだ

私の人生を変えた人 その22 ピラミッドが私を呼んだ

エジプトにはLakah(ラカー)という男がいた。 初めて、この男に会ったのは、ベルギーで開かれた世界放射線学会(ICR)の時。多分、1982年だったのではないかと思う。 学会に併設の展示場に体の大きな男が3人現れ、私に近づいてきた。 「あな …

私の人生を変えた人 その21  中国からの国際電話

私の人生を変えた人 その21 中国からの国際電話

ある日、国際電話がかかって来た。中国からである。 どうも、どこかの秘書がかけて来た。 彼女はボスが三ヶ月に日本に行くが会ってくれるか?と聞いて来たのだ。色々聞いてみると、シーメンス Chinaのベジェレという男が、私に会いたいと言うのだ。 …