江戸幕府はキリシタンを禁圧するため、民衆がすべて仏教寺院の檀家になることを強制した。
そして、寺院に宗門人別帳を作らせ、この宗門人別帳に記載されることにより、この家族がキリシタンでないことを証明させた。これを寺請制度という。
これにより、寺院は権力を持つことになる。
市役所と警察と学校が一緒になったものである。
ところが、この宗門人別帳は明治4年(1871年)10月3日に廃止された。
宗門人別帳は家の宗教を強制させた。
だから、廃仏毀釈運動が起こったのである。
民衆はこの宗門人別帳により、村八分にされることが随分あったという。