横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

正月三ヶ日も慌しく過ぎ、いよいよ明日が初出勤の前日、子供たちを連れて外の公園に出かけた。

みんな思い思いに走り回って遊んでいる。
長男の郷(8歳)はサッカー・ボールを蹴り。
長女の静香(9歳)は縄跳び、次女沙耶香(2歳)はブランコ。
そこにもう一人同じ棟に住む雅実ちゃん(7歳)も遊日に来た。
そのうち、誰かが2月に予定されているマラソン大会の話を切り出した。
子供たちのこと、話題になったら、たちまち話は決まり練習をしようということになる。

郷は私の所に来て、タイムを計れという。
天気は良く暖かかったので、私は直ぐに承諾して、

「ヨーイ、ドン」と合図した。

私はブランコに乗った沙耶香の背中を押しながら時計をにらんだ。
すると、まず戻ってきたのは雅実ちゃんで8分20秒。
次は郷で9分30秒。
静香は遅れて10分46秒だった。
その時の静香の表情は本当に疲れたという表情だった。
しかし、その表情の中にはそれ以上に悔しさというものがあった。
私には静香の気持ちが痛いほどわかった。

しばらく休憩して静香にそっと声をかけた。

「今度はお父さんと走ろう」と。

ゆっくりペースで走ってやった。
すると今度の記録は10分12秒で34秒の記録更新であった。
疲れきった静香の顔も満足そうであった。
距離は1.6km位であろう。
正式に記録を取って走った子供達はお互いに楽しそうに話していた。
すると突然、郷が提案した。

「明日から早朝練習をしようよ」

郷は2月に予定されている学年別マラソン大会のことを考えたのであろう。
郷の性格から彼は是が非でも1位になりたいのである。
昨年はライバルに惜しくも負け2位だったのである。
一方、静香の方も昨年の屈辱は忘れられない。
昨年の記録は本人の名誉のため、ここでは伏せることにする。
その静香は郷の提案に直ぐ同意した。雅実ちゃんも賛成。

三人の目が当然のごとく私を見つめる。
ここで私が彼らの建設的アイデアをつぶすわけにはいかない。
私は出勤時間とマラソンの時間を計算し、起床時間が6時でなければならないと判断した。
そこでおもむろに、

「君らは朝6時に起きられるか?早朝練習を続けることができるのか?」

とたずねた。
みんなは勢いよく、

「うん」と応えた。

はつらつとした表情をして。
私は、いよいよ自分との闘いが始まることを実感した。
以前からこのような瞬間が来ることは予感していた。
親として逃げ出すことのできない状況である。
静香は今まで本を読んだり、文章を書いたり、計算することはほとんど自分自身でやってきた。
親の我々が手出しをすることはほとんどなかった。

ところが、運動となれば話は全く別。
鉄棒で逆上がりが出来ないというので土、日曜日の日暮れ時、小学校の校庭で手にまめが出来るほど練習した。
縄跳びも二重跳びが出来ないというので、側にいて励ましてやった。
また、ドッジ・ボールが怖いというので何度も投げてやった。
運動については何度も何度も難関にぶつかり、何とか克服してきた。
ところが、短距離走やマラソンだけはいくら屈辱をなめても仕方ないとあきらめていた様子。
マラソン大会を前にして「いやだなぁ」と思っていたところに、早朝練習の話。
本人はこれぞ千載一隅のチャンスと思ったことだろう。

早朝のジョギングは5日の朝から始まった。起床は6時前。
三人の顔はやはり眠そう。
それでも、外に出ると寒さのため自然と緊張して来る。
それぞれにストップ・ウォッチを持たせる。
しかし、初めから速く走るなと指示する。
まず、ゆっくり走って自分の体をなれさせることが重要であることを教える。
準備体操をし、軽く周囲を走らせ、体を温めた後にいよいよスタート。
郷と雅実ちゃんはつながれた犬がロープを離された時のように走り始めた。
私は静香と一緒に走ってやる。
その時の記録は郷と雅実ちゃんが6分26秒。
静香は11分24秒。静香の記録は予想通り。
しかし、郷と雅実ちゃんは少し速すぎる。
そこで、二人のストップ・ウォッチを見てみると既にクリヤーされている。
検証のしようがないので非公式記録にすることにした。

初めの一週間は、やはり、みんな辛そうであった。
眠いのと足が痛いのとで、記録はドンドン落ちていく。
静香は最もひどく自信喪失気味となり、益々記録は落ちる。
走り終えた静香の額には汗、目には涙。
そんな日が十日も続いただろうか、その後の静香の走り方に変化が出てきたのである。
今までは足を引きずるように走っていたのが、少しずつ跳ぶようになってきたのである。

そこで、前半は力をため、リズムが出てきたら徐々にスピードを上げるように教えてやった。それを彼女は彼女なりに少しずつ実践していった。
一度、皆さんにお見せしたいほどである。あのゴール前一分のラスト・スパートを。継続することの素晴らしさ。
今でも、三人の子供が毎朝6時過ぎに走っているのです。
この3人に拍手を送ってやってください。
2月の大会には栄光のゴールを切らせてやりたい。
そんな思いで私も走るのです。そんなに軽くもない体で、ユサユサと。