横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

早朝ジョギングの開始が今年の1月4日。

郷(8才)と静香(10才)と同じ棟に住む雅実(10才)ちゃんが主役。
郷が2年生、雅実ちゃんが3年生。静香が4年生。
静香にとってこのジョギングはやりたくもあり、やりたくもなし、といった心境だったであろう。
やりたい理由は、やはり、静香の負けず嫌いの性格から、昨年のような屈辱を味わいたくはないというためであろう。
また、やりたくない理由も解る。

まず、朝6時に起きるのは辛い。
そして、やっても無駄ではないかというあきらめから、きついことはやりたくないということだろう。
最初の2~3日は興味本位で走った。
1月の初めの朝6時はまだ暗くて、とても寒い。
3人の走る後ろ姿を見ていると涙が出るほどに感動する。
ところが、それからが大変になる。
どうしても、3人で走ると競走になってしまう。

わたしはコ-チとして、
「自分のペ-スで走れ。競走ではない。」と説明するが、静香が、どうしても、遅れを取ってしまい、嫌気を感じてしまう。
約1.6キロの距離を郷と雅実ちゃんは9分台で走る。ところが、静香は、11分台。
2人から大きく離された静香について、私は一緒に走ってやる。
しかし、その屈辱のため、日に日に走る意欲を失ってしまう。足はひきずるように。
歩幅は短く。
首はいかにも疲れているように横に傾けたまま。
顔は本当に嫌そうな表情をする。

そして、走り終えると目には涙をため、時には、すすり泣きをして家に帰る。

悔しさとはがゆさと疲れとが入り交じった思いだったのだろう。
家に帰ると布団に倒れ込み、うつぶせのまま泣いている。

その後もさらに、足が痛いと言い、おなかが痛いと言い、記録が段々落ちて行く。
そのため、ある時は走るのを中断させたこともある。
初めは11分台で走っていた静香の記録が、12分、13分、と落ちて行き、最後は15分台になってしまった。
しかし、静香は走り続けた。
はるか私の後ろを来るので歩いているのではないかと振り向くと、ノロノロでもチャンと走っている。
静香はこの時期、もっとも心が揺れ、心の中で葛藤していたのであろう。
でも、意地だけは持ち続けた。

私は、会社通勤の行き帰り、電車の中でこの状態から抜け出すことを真剣に考えた。
しかし、妙策などは、そう簡単に思い浮かぶものではない。
色々考えているうちに、フッと気が付いた。
私は、一体全体、静香に何をしてやろうと思っているのか、と疑問を感じた。
私は、2月に予定されているマラソン大会に照準を合わせ、子供たちを走らせていることに気が付いた。
そこで、それまでとっていた記録を中止した。
そして、みんなに、自分のペ-スで、自由に、楽しみながら走るように指示した。
この瞬間から子供達のジョギングは自由になった。

走る前のウォ-ミング アップには、馬跳びをやらせたり、三段跳びをやらせたり。
また、走る時には子供達同士で何か話しをしたり、また、あちらこちらの霜柱を踏みながら走る。
そんなことを続けていると、いつの間にか、静香の腹痛も、足の痛みも、なくなってしまった。
しかも、走り方が少しずつ変わり始めた。
出だしはゆっくり走り、後半になると歩幅が広がり、跳ぶように走る。
当然、背筋も伸び、まさに、マラソン ランナ-。
坂を上るスピ-ドはビックリするほど速くなっていった。
ただし、課題は前半のスピ-ド。
本人もそれは自覚しているようだ。

2月にはいり、学校の体育の時間にマラソンの練習が始まった。
2月末の大会のコ-スをクラス単位で走る。
距離は2キロ程度。
そしてその記録は以下の通り。
2月 3日 11分00秒  17位 (28人中)
2月 4日  9分57秒  18位
2月24日  9分31秒  18位
2月25日  9分25秒  14位
3月 3日  9分50秒  23位

順位はともかく、記録の伸び方に目覚ましいものがあるのをお気付きでしょう。
記録が伸びて行くごとに、私が会社から帰ると玄関で、
いつものジャジャジャ-ン」セレモニ-が始まり、その日の記録発表となる。
そのときの静香の生き生きとした表情を見ると私も「ジャジャジャ-ン」と言いたくなる。
しかし、そこは、やはり父親。落ち着いて
「そりゃあ、よかったな。毎日頑張ったからな。」
と言うにとどめる。
そして、3月4日の大会。いつものように、応援はお母さんと沙耶香。
お母さんは今年の静香の走りを見るのは初めて。

お母さんには昨年の光景が思い出されていた。
お尻をポコンと突き出し、みんなの後からゆっくり走っていった静香。
お母さんに手を振りながら。
そしてゴ-ルで待っていると、最後から2番目に入って来た静香。
そんな静香が、今年はどんなに変身しているのだろうか。

スタ-トが切られ、みんなが走り始めた。
静香はやはり後ろのほうにいた。
しかし、お母さんの側を駆け抜ける時の表情は昨年のものとは変わっていた。
真剣に、競走を意識したものだった。
そして、ゴ-ルで待っていると静香の勇姿が現れた。
颯爽と走る姿、前の人を追い抜く光景、これは正しく去年の静香とは全く異なった子供に見えたと言う。
2ケ月の練習がこんなに人を変えたのかと、あらためて感激してしまった。

結局、静香は52人中33位。記録は9分17秒で自己最高。
家に帰った私にまた、「ジャジャジャ-ン」と。
そして、その日の結果報告をしたあと、私に、
「お父さん、ありがとう」
とボソリと言った。

私は、また静香が一つのハ-ドルを越えたことを実感した。
そして、次の目標を指し示した。
来年まで早朝ジョギングを続けたら、8分の壁をやぶり、しかも、10位以内に入るだろうと。
自信をつけた静香は、密かにそのことを決意したようだ。
しかし、朝が弱い静香はまだ子供。
毎朝毎朝、お母さんに布団を剥がされ、揺り動かされて起こされる。
眠そうな目をこすりながらもジョギング ウェアに着替えている様子を見ていると、よく頑張るものだと感心する。