浜までは海女も蓑着る
一人の禅僧が庵に悠々自適の生活をしていた。
その恬淡たる生きざまを慕って一人の雲水が庵を訪ねてきた。
「あいにく風邪をひいていて、今から薬を取りに行くところです。直ぐに戻りますから、拙庵でお待ちください。」
そう言い残して禅僧は出て行った。
雲水は面白くない。
高僧だという評判を聞いて来てみたのに、風邪薬を取りに行くような命を惜しむ坊主ではないか!
「帰りを待つ気になれなくなった・・・」と 書置きを残して雲水は立ち去った。
帰庵して、 書置きを見た禅僧は、短冊に一句したためて、使いの者に持たせてやった。
短冊に書かれていた句は、
浜までは海女も蓑着る時雨かな
である。
確かに、浜に来れば海女は裸になる。
裸になって海に潜る。
けれども、浜に着くまでは、途中で時雨に合えば蓑を着るのである。
いずれ濡れるのだから・・・と、
時雨にずぶぬれになることはしない 。
禅僧は何も命が惜しいのではない。
しかし、生きている間は、精一杯命を大事にするべきだ。
命を粗末にすることが禅の教えではない。
そんな意味の句である。