1986年、フィリピンのマルコス大統領がフィリピンから脱出した。
マルコスは20年間、フィリピン大統領であった。
アメリカ合衆国ベッタリで、その間、合衆国に巨額な財のを隠し持ち、国民には、貧困を強いたのだ。
結局、軍と民衆が立ち上がり、マルコスを追い出したのだ。
その翌年、私は営業に復帰した。
その時の部長は、住田。
彼が私を呼んで、お前を北米担当課長に推薦すると言う。
私は、断った。北米担当なら、課長にはならなくてもいい、と主張した。
住田は、「お前は、馬鹿か?このチャンスを逃したら、課長になれないかもしれない」と言う。
営業をするのだったら、アジア、アフリカ、中東、あるいは中南米にしてくれ、と主張した。
結局、そうなった。
この後進国地域担当を市販グループと言い、北米や欧州は現地法人グループと言った。
すなわち、現地法人グループは売り上げ的にも、国際部の中心的存在。一方、市販グループは売り上げも全体の2割程度。
誰が見ても、花形は現地法人グループだし、その課長ともなれば、権限も大きい。
そっちを蹴って、市販グループの課長を選ぶとは、何という奴かと、住田は思ったに違いない。
その年の人事では北米担当課長は不在となった。
住田は、私を市販グループの課長にしておいて、私にこう言った。
「佐藤君、君の担当地域で、高額商品は絶対に売るなよ」
と私に釘を刺した。
彼の言いたいことは、東芝にとって、日本を除いて、北米と欧州がメインマーケット。
アジア、中南米、中東やアフリカで高額商品を売ったら、メインティナンスで日本からエンジニアを送らなければならなくなる。それだけ、工場に迷惑をかけることになると言うのだ。
しかし、私は後進国にCTなどの高額商品を売ることに決めていた。
私が、市販グループの課長になった途端、とんでもない話が舞い込んで来たのだ。
当時、フィリピンのマニラ事務所長をやっていた矢野さんからだった。
矢野さんは、マニラにある日本大使館から、呼び出されたのだそうだ。
ODA(政府開発援助)で二年前、東芝が受注し、出荷した装置が未だに据え付けられていないではないか、と右翼が日本大使館に苦情を申し入れて来たと言うのだ。
私は経緯を前任者に聞いたが、前任者はあまり関わりたくないという感じ。
大体、総額7億円近くの入札額だった。
本来、この種のODA案件は商社がかむ話しが多いが、この案件はメーカー入札で、東芝が全額落札したようだ。
前任者が話したがらないのは、この入札全般についてである。
私は立場上、関連のドキュメントを受け取り、全体を把握した。
間もなく、東芝の総務部から呼び出しを受けた。こんなことは滅多にない。
私が行ってみるとそこには、総務部長と何故か西室さんともう一人は、人相の良くない男がいた。
私は、この組み合わせが実に変だと思った。
総務部長がいたのは多分、外務省からの問い合わせが総務部長にあったのだろう。
では、何故、西室さんがそこにいたのか?
西室さんは東芝アメリカを立ち上げ、後に東芝の社長になり、東京証券取引所の取締役、日本郵政の社長になった人。
当時、西室さんはアメリカから戻り、フリーの時期だった。
外務省から何かが入ると、それは一大事なのだ。
話しの経緯はこうだ。
右翼は、何処からか知らないが、一年前に日本から出荷された医療機器がフィリピンに据え付けられていない事実を掴んだらしい。そこで、それは事実かどうかマニラにある日本大使館に問い合わせたというのだ。
呼び出された私は、総務部長から、事実経過を尋ねられた。そこで私は説明した。例のマルコス大統領の脱出時期にぶち当たり、据え付ける病院の準備が出来ず、しかも、今現在貨物が何処にあるかも分からないのが実情だと。
西室さんは、いつもの笑顔で、
「佐藤さん、悪いがマニラに飛んで調べて来てもらえないだろうか?」と言った。
私は、マニラに飛ぶ前に販売代理店の社長に、貨物のありかを調査させ、写真を東京に送らせた。
貨物は、当初据え付ける予定の病院の一室にあることが分かった。
その旨、西室さんに報告に行き、私は翌日マニラに発つと告げた。
マニラに行き、関係者に会い、我々としては直ぐにでも据え付けを始めたい旨を告げたが、マニラはそれどころではない。
大統領が逃げたのだから、行政機関がガタガタなのだと言う。そして、多分、正常に戻るのは、やはり一年は掛かるだろうと言うのだ。
帰国して、西室さんの所に報告に行くと、西室さんは、分かったと言い、直ぐに右翼の所に説明に行こうと言う。
しかし、西室さん一人で行くのは危険だから、ということで、人相の悪い例の男もついて行くことになった。
翌日、西室さんの所に呼ばれて、報告を受けた。
右翼が言うには、マニラでどんなことが起きたのかは知らないが、日本人の血税で出した医療機器が、二年以上も放置されるのは気に入らない。
一度、自民党の**先生の所に報告しておいてくれ。
俺は**先生の依頼で動いているから、、、。
本当は彼らは何千万円か用意しろ、とでも言いたいのだが、それを口にした途端、恐喝容疑で逮捕されるのだ。
彼らは一旦、政治資金にするようだ。
西室さんは、正直な気持ち、怖かったと吐露した。
そこで、西室さんは、**先生の所に行くのはいいが、取締役で、誰が自民党に顔が利くのか?と総務部長に聞くと、すかさず、総務部長はそんな担当役員は居ません、と言われた。結局、その週、**先生の事務所を訪れ、話しをして来たらしい。結果を聞く立場に私はなかったので、私は知らない。
医療機器装置は一年後、据え付けが完了しました。
この間、不思議な縁で西室さんという人が分かった。
決して部下を怒らない。
危険と思う人でも、自分自身で出て行く。
この人は素晴らしいと思った。