横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

この道路に普通のトラックでは、十分荷を積むことはできない。いろいろ考えた末、国鉄に全輪駆動という、輸送用の大型トラックがあることを夫は思いつき、これを借り受けることが出来れば、助かるということを考えた。

「国鉄が高価な車を、とても一市民に貸さないでしょう。」

突飛なことを考える夫に、私は頭から反対した。

「当たってみねば分からん。話してみて、駄目なら駄目で元々だ。」

夫は、まさかということを何でも積極的にやる人だから、この時も自分の考えを実行に移した。

夫は早速、門司機関区に、出かけて行き交渉した。結果は全輪駆動 2 台を、運転手付で、借り受けることに成功した。

勿論、運転手は、山に泊まり込みである。

この車は、大型のタイヤが十本、一台の車に付いていて、ぬかるみでも坂道でも耐える力を持っている。積載量も普通トラックが四トン積みなのに、この車は十トン積みである。このようにして、運搬の助けとなった。

運賃の支払いは、前金もしくは現金と決められていた。契約通り、現金で支払っていたが、道路には、まだまだ金がかかり、資金繰りに苦労した。

ただ、このトラックが通った後は、ごっそり土をはぎ取って深い大きな穴が開き、人の通るのにも、困るようになった。その穴には更にバラスを運んできて、埋めねばならなかった。

運賃の方も滞りがちとなり、門鉄からは矢のような最速となった。上司が出かけて来ることもあった。

「約束が違うではないですか。支払ってもらわねば、自分たちが会社に申し開きが出来ない。国鉄の車を民間に貸すこと自体、滅多にないことですよ。」

「困る」、と散々言われ、

「直ぐ用意します。二、三日待ってください。」、と頭を下げて、何度も謝った。

こんなことが二・三回繰り返されていたが、最後には三十万円の、運賃の滞納が出来た。この金額を全部用意することは、容易なことではなかった。

こちらへの支払いが長引くので、門鉄管区長は、責任上、馘首になりかねない状態となった。これは徒事ならじと、夫は金を作り、ギリギリで全額支払った。

道路に金がかかることで、運営は段々苦しくなった。トラックが通れば、通るほど痛みが激しく、そこを荷を積んだ十輪車が、ごっそり土を掘っていく。その穴埋めに遠方から、バラスを運んできて入れる。この繰り返しは、物凄い経費だった。

兎に角金が足りない。

人夫賃、トラックも数台あったので、その月賦、修理代、その他、あらゆる支払いが待っていた。

食料品は現金でないと、買えない時代なので、食料調達に金を廻すと、他の支払いが滞った。

この頃、私の遠縁にあたる、平塚という青年が、事務的なことを取り仕切ってくれていた。従業員たちは平塚や、夫や、私の顔を見ると、「金くれ、金払え」と言うようになった。

「病人があって、入院するから金が要る。」

「娘が嫁に行くので、早く金を払ってくれ。」

「子供が生まれるから、金が要る。」

といろんな理由を言って、金の請求をした。勿論、働いて受け取るべき金があるのだから理由なしに支払うのが当然である。

「道が悪くて、製品が思うように出荷できぬので、もう少し待ってくれ。」

と延ばしに延ばして、分割して、支払う状態が続いた。従業員たちも、我慢できぬ所まで来て、仕事を放棄し、あちこちに四、五人ずつ固まって、話し合ったりしていた。

「大将、どうしてくれる。おれん所は、飢え死にするぞ。病人は薬が買えず、死んでしまう。」、とてんでに理由を言って訴えた。この人達にとっては、悲痛な叫びと思った。そう蓄えのある人達じゃぁなし、尤もである。

「金は用意する。用意してるよ。だが、今しばらく待ってくれ。」、と夫は頭を下げて言った。

「待ったじゃぁないか。もう、これ以上待てんですたい。もう少し、もう暫くと、言うばかり。いつまで待てばよいか、期限を決めてほしい。」、と夫に迫った。

「大将、金策せんことにゃぁ、これ以上、仕事は続けられんですたい。」、と平塚さんも言った。

「分かってるよ。金策は頼んでるけど、らちが明かなくてね。山を下って、作ってくるよ。兎に角、仕事だけは、続けていてくれ。」、と夫は言ったものの、金策の当てもなかった。山の仕事は、平塚さんに一任して、夫は山より帰ってきた。

夫は自宅に帰ってきたが、金の借りられる所からは、既に借りているし、材木の前金もかなり取っているので、その材木屋からも、出荷の催促が、厳しかった。

即ち、いずれも、契約違反である。

夫は、方々金策に立ち回った。と、言っても、もう借りる所は全くなかった。

いつもお世話になっている野中さんに、

「もう一度、金を貸してください。どうしても、三十万円無ければ、山が継続できません。何とかお願いいたします。」

しかし、この人からも、既に借用しているし、野中商店の掛買いも、大分たまっているはずである。

「銀行じゃぁなし、自分にも、もう金の工面はできんよ。、今までが精いっぱいだから。」

断られて当然と言うべきだろう。

八方手を尽くしたが、八方塞(ふさがり)とは、このことで、全然金策はできなかった。

金持たずには、山に登れず、どうにも身動きできぬ羽目にまで追い込まれた。