横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

私のおじいさん“母の父”は、粋な人だった。

おばあちゃんは脳溢血で、五十歳で亡くなった。おじいさんは小柄で白髪だった。

大変声がよく浄瑠璃も歌も上手だった。時には三味線も弾いた。

また、俳句や短歌も作った。

自分の家の近くに、貸家をいくつか持っていて、おじいさんが住んでいる町、吉常には、芸者さんが三人いたが、どの人もおじいさんをお父さんと呼んでいた。

「お前たちは、将来何の保証もなかけん、自分で金をためて老後のことを考えて置かねばのう。」

おじいさんは、いつも芸者さんたちに、言っている言葉だった。そして、その貯蓄の方法を教えたり、悩みごとの相談にも乗っていた。

「世間の者は、俺が芸者を囲ってると、言っているらしいが、始終出入りしているから、そう思われても仕方あるまい。」

と言いながら、さして気に掛ける風でもなかった。

わたしはこのおじいさんが大好きだった。話が分かり、新しい考えの人で、お小遣いもよくもらった。仏教の信者で、お寺の総代もしていて、いつもにこにこしていた。