現実問題、我々は、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れるだろうか? しかし、キリスト教では、これは神の命令である。 ところで、面白いことに、仏教では、「愛してはならない」と教えている。 矛盾しているように思えるが、実はキリストの愛と仏教の …

現実問題、我々は、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れるだろうか? しかし、キリスト教では、これは神の命令である。 ところで、面白いことに、仏教では、「愛してはならない」と教えている。 矛盾しているように思えるが、実はキリストの愛と仏教の …
お寺が経営する幼稚園で、4月8日、花祭り(灌仏会・・・かんぶつえ)の行事を行った。 その時、幼児達に、 「4月8日はお釈迦様の誕生日ですよ」 、と教えた。 ところが、一人の園児が、 「先生、阿弥陀様の誕生日はいつ?」 、と質問してきた。 先 …
中国・唐の時代の禅僧に道林という人がいた。 この人は、杭州のの秦望山で修業をしていたが、老松の上に巣を造り、その巣の中で座禅していた。 だから、人々は彼に、鳥? 和尚(ちょうかおしょう)と字を付けたという。 この時期、詩人の白楽天が刺史(知 …
江戸中期の石門心学者に手島堵庵(てしまとあん)がいる。 京都の商家に生まれた堵庵は18歳の時、石田梅岩について心学の修業を始め、20歳で開悟した。 その堵庵の教えは、 ――私案なしの説―― と呼ばれている。 私案なしというのは、我々が何かを …
釈迦の所に一人の男が来て、こんな質問をした。 「バラモンたちが言うには、俺たちがご祈祷すれば、死者は天界に生まれ変われる。本当だろうか?」 、と。 バラモンとはインドのバラモン教の僧侶である。 その質問に、釈迦は直接答えず、逆にその男に質問 …
ある日、親鸞が弟子の唯円に尋ねた。 「そなたは私の言うことを信じるか?」 唯円は、「もちろんです」 と答えた。 この唯円は「歎異抄」 を書いた人である。 親鸞はさらに続けた。 「それでは、そなたは私の言うことに背かないか?」 もちろん、唯円 …
中国唐の時代に有名な禅僧で馬祖道一(ばそどういつ)がいた。(708年に生まれ、80歳で没す) この坊さんは、「虎のごとく見、牛のごとく動く。舌を伸ばせば、鼻の上までのばし、足の裏には紋があって字を書く」 と言われていて、実に魁偉な容貌だった …
インドに行けば、「バクシーシ」と言って手を出してくる。 もともとバクシーシとは、ペルシャ語で、「与える」という意味である。 トルコ、エジプト、インドでは、「チップ」という意味で使われているようだ。 インドやアラブの世界では、 ―――金持ちは …
1117年、僧の良忍が一心不乱に念仏を唱えていた。 そこに、阿弥陀如来の示現があった。偈(げ、とは、仏の教えや仏・菩薩の徳をたたえるのに韻文の形式で述べたもの)を感得した。 「 一人一切人、一切人一人、一行一切行、一切行一行」 …
「道心の中に衣食(えじき)あり、衣食の中に道心無し」 これは我が国天台宗の開祖の伝教大師最澄(767 ~822)の言葉である。 最澄の教団は非常に貧しかった。 平安初期の僧たちは基本的には国家公務員であり、エリート中のエリートであった。 身 …