サウジアラビアの新規代理店作りのため、エジプトのラカーとサウジアラビアに入る。
お供として、木曽さんとラカーの有能なスタッフ二人。
この木曽さんとは日商岩井の新入社員の時、東芝に挨拶に来て私は初めて会った。
日本人離れした顔立ちで、東芝の若い女子社員は彼が来ると芸能人を見る感覚で彼を取り巻いた。
それほどのモテ男だった。
後で分かったのだが、彼は7ヶ国語をネイティブのように話す。英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、日本語及びアラビア語である。最近は韓国語も話すようになっているから、8ヶ国語である。
親父さんは外交官で、お袋さんはスペイン人。
親戚には、偉い政治家がいるという。
数年、日本で働いていたが、ある時期から姿を見せなくなった。
どんな経緯か分からないが、ラカーの所で働いていた。
リヤド空港に着くと一人の20代後半の男が迎えに来ていて、我々をVIP室に招き入れた。そこで入国手続きを行った。そして、ホテルに車2台で向かった。
その車の中でラカーが木曽さんにボソボソと言うと、木曽さんが私に日本語で、こう言った。
この男は、密偵だからあまり口を聞くなと、わざわざ難しい言葉で説明してくれた。
今日は、ラカーの友達と夕食を共にすることになったいるが、あの密偵の話では国賓が来たため皇太子はそちらに行かなければならなくなった、ということだった。
そこで、急遽、日本の警察庁長官にあたる宗教警察のトップと会うことになった。
早速、その長官のオフィスに行ってみると、特別すごいという部屋ではなかった。
ただ、そこで木曽さんの話題になった。木曽さんが自己紹介と共に、今後サウジアラビアで医療機器販売の会社を設立し、ビジネスをスタートさせるにあたり、ご協力の程、宜しくと話したところ、その長官は唖然とした表情を見せた。
即ち、日本人が流暢にアラビア語を喋ったことに驚いたらしい。
サウジアラビアにはいろいろな国から外人が入っているが、木曽ほどパーフェクトなアラビア語を喋った人は見たことないという。
アラビア語は身分によって、喋る言葉が違うのだそうだ。また、古い言葉と現代風の言葉も違うのだそうだ。
木曽はそれをチャンと使い分けているという。
そんな風に話が弾んだところで、我々は長官のオフィスを出た。
ホテルに戻ったところで、例の密偵が帰りのフライトの座席予約の確認をするからパスポートとエアチケットを出せというので、みんな渡した。
その晩は長官宅でパーティだと言う。
密偵が我々を夜の9時頃、迎えに来て、長官宅に連れて行った。
長官宅は、高さは3メートル程度、40メートル四方の壁に囲まれていた。
玄関に着くと、門柱に20名ほどのシェフがズラリと並び我々を出迎えてくれた。
どうも、ホテルからの出張サービスらしかった。
我々は恐る恐るそのシェフたちの前を通り、テーブルに座った。
すると、シェフの責任者が来て、料理を自由に取ってくれという。
壁の前に氷の山があり、そこにいろいろな料理がふんだんに置いてあった。
私が、料理を一つずつ皿に入れていると、後ろから木曽さんが、
「そこにキャビアがある」
と教えてくれた。
何と、キャビアが山のように積んであった。
ワインもビールもあった。
ここはアルコール禁止の国ではなかったか。
しかも、それを取り締まる長官の家での出来事。
アラビアの国は、裏と表はまるで違うことが改めてわかった。
食事が終わり、家の中に入って驚いた。
奥行き20メートル、幅が15メートルくらいの部屋で、その周囲に中世ヨーロッパ風の椅子がズラリと並び、その前にテーブルがいくつも置いてあった。そのテーブルには、何と日本のおかきが、ピラミッドのように置いてあった。
ここは、砂漠故、おかきは湿気ることはないのだ。
蛇足ながら、木曽さんの話をしよう。
翌々日のフライトでエジプトに戻る予定だったが、座席予約の確認をしたところ、木曽さん以外は確認出来たが、木曽さんの確認が取れないと例の密偵が言ってきた。
ラカーは木曽さんに、
「お前は、あの密偵に好かれてしまったから、一週間はここに残らなければならないぞ」
と半分冗談で言う。
更に付け加えて、
「ここのフライト予約は別にコンピュータで管理しているわけではない。皇太子に近い人々がいつでも乗れるように配慮している。即ち、いつも前日にならないと、座席確認が出来ないのだ。また、勝手に誰かの意図で、何とでもなるのだ。」
木曽さんは困った顔をしていた。そして、密偵に頼み込んだ。
しかし、結果はその日の内に出なかった。
翌朝、密偵が朝早くホテルに来たから、木曽さんは、密偵に聞いた。
すると、密偵は残念ながらという顔をして頭を横に振る。
木曽さんは、密偵に耳打ちしながら、何やら紙に書いていた。
すると、一時間もしない内に、木曽さんの座席確認が取れたと密偵が言いに来た。
空港に着いて、搭乗するため、VIP室で待っている間、ラカーが木曽さんに尋ねた。
「お前は密偵に、何を囁いたのか?」
すると、木曽さんは、
「今度、カイロに来た時には、電話してくれ、と言って友達の電話番号を渡した。」と答えた。