横浜こぼれ話は筆者の佐藤栄次が随筆や意見や考えを書いておりますので、一度見に来てください、

60年の人生で、運は周期的にやってくることは直感的に理解できる。
マージャンをやっていると、ある瞬間から急に勝ち始めることがある。
逆に、勝っていたマージャンも急に負け始める。

何かがきっかけで、運が変わることを経験で知っている。

マージャンの場合では、座りなおしたり、姿勢を変えたり、タバコをすったり、お茶を飲んだり。

勝っていたゲームがひっくり返されて、最後はボロボロに負けることを、何度も経験した。

これは油断したせいであることも実感する。

こんな一つ一つに昔から疑問を抱いてきた。

運が周期的にやってくることをもう少し仮説を含めて考えてみた。

運という波は誰に対しても周期的にやってくるものと考えるのが一番理解しやすい。
小さい運の波の周期は、一分単位かもしれない。
もう少し大きい波は一時間単位かもしれない。
一日単位でやってくる波は、もう少し大きい波。
さらに大きい波は一月単位。
一年単位、12年単位、60年単位といった周期の波が存在すると考えるのが一番わかりやすい。

その波がやってくると、自分の脳が活性化していく。
そして、ひらめきが良くなる。
また、自分の持っている特有の波と共鳴して、他の人に強い波を発する。

こう考えていくと、実は星占いなどの占いが少し理解できるかもしれない。

自分の持っている波と共鳴する波が来ることが、運が良くなるということ。

そうすると、油断をして運をなくすとはどういう意味か?

油断をすることで、これらの波を感じるアンテナのスイッチを切ってしまうのだ。

このアンテナは、いつも気持ちが集中していないとスイッチは切れたまま。

実はこのアンテナこそがヨガで言うところのチャクラであろう。

ヨガでは、このチャクラが感じるものは光と音だと言う。

精神を集中するとチャクラに入ってくる一定の周波数を持った光と音を感じると言うのだ。

チャクラからも音と光をアしている。

その光のことはオーラと言う。
音は今の段階で、具体的に改名できていないのだそうだ。