佐藤文夫が東京に行ってしまうと、親父とお袋の心配が始まる。 どうも、お袋にも財布の中身を見せたのだ。私も見た。多分、100万円位はいつも財布の中に入れておかないと、仕事にならないのだと言いながら。 私が文夫君から聞いた話をお袋にした。多分、 …

佐藤文夫が東京に行ってしまうと、親父とお袋の心配が始まる。 どうも、お袋にも財布の中身を見せたのだ。私も見た。多分、100万円位はいつも財布の中に入れておかないと、仕事にならないのだと言いながら。 私が文夫君から聞いた話をお袋にした。多分、 …
東京に戻った文夫君は、どんなツテで芸能界に入ったかはわからないが、芸能プロダクションのマネジャーとして働く。 本当かどうかは分からないが、アントニオ古賀のマネジャーを長い事やっていた。その後、目方 誠(後の美樹 克彦)、大月ミヤコなどの歌手 …
映画俳優を目指した、佐藤文夫は、やはり、成功はしなかった。若山富三郎からいつのまにか、離れていき今度は別の芸能界に身を置くようになる。 しかし、この時期、親父は東京に文夫君を連れ戻しに行った。何か問題を起こしたのであろう。 そして、しばらく …
一度目の家出で、本人は大きく飛躍?したという。もう東京は怖くないと。しかし、お金が無いと、やはり、心配ということで、二度目の家出では家にあるお金を持ち出して、家出。いくら持ち出したかまで本人は言わなかった。それどころか、自分は何回家出したの …
佐藤一夫とユリの間に生まれた三男坊。この男の存在を甥や姪の皆さんは知っていますか?多分、親からは聞かされていないかも知れません。なぜ、聞かされていなかったのかは、別の機会に話しますが、ここでは、どんな人だったのかを紹介しましょう。私が幼かっ …
私が中学三年生の時の話。親父は国鉄を退職して2年目のことだったと思う。 私の通う厚狭中学校の運動会での出来事。 今では中学校の運動会は危険のないように。あるいは、食中毒のないように。あるいは、怪しい人間が構内に入ってこないように・・・、と学 …
私が下関に行って2年目の秋、小学三年生の時の話。 友達と路地で遊んでいたら、近所のおじさんがやって来た。そして、こう言った。「君たち、明日の厳島神社のお祭りを知ってるだろう。そのシャギリを引っ張ってくれないか?」、と。 友達のほとんどは即座 …
私はみかんがなぜか好きなのだ。年の暮れにはみかんを箱単位で買うととても満足感を得られる。 私が小学校2年生の時、親父の仕事の関係で下関に移る。家族は久夫兄とかずえ兄と私と親父お袋で五人家族となった。下関は厚狭と違い都会であった。私は田舎者か …
シズエ姉の結婚式は私が幼稚園児の時だろうか?昔の家の応接間でやったことをかすかに覚えている。結婚式の意味などわからない私は、泣いているシズエ姉を見て、『可哀想な姉ちゃん。姉ちゃんはもらわれて行くんだ。あの男が人さらいなんだ!この野郎!』と密 …
我が家では貧しさのため、大きな不公平を生んでしまった。親父とお袋はそのために大変な苦しみを背負ってしまった。 啓一兄、秀夫兄、久夫兄及びかずえ姉は高等学校に行けたが、貧乏が故に成績の良かったにもかかわらずシズエ姉とキヌエ姉は中学校までしか行 …